7月4日公開の映画「美代子阿佐ヶ谷気分」は、観る者をぐっと引き込むパワーを持った作品だ。とりわけ主演の水橋研二の、高い演技力に裏打ちされた存在感に圧倒される。さながら求道者のように孤高の天才漫画家を演じ切った彼に話を聞いた。
水橋研二/KENJI MIZUHASHI
1975年1月13日東京都生まれ。映画「331/3r.p.m」で96年にデビュー。その後、数々の映画やテレビドラマに出演し、今や日本映画界には欠かせない実力派俳優の1人に。最近では、フジテレビSPドラマ「これでいいのだ! 赤塚不二夫伝説」に主演。最新作は7月4日公開映画「美代子阿佐ヶ谷気分」。
――役者を始めたきっかけは?
水橋研二:まだ二十歳になる前に、たまたま映画の撮影を手伝っていた友人から「暇なら来い」って誘われたのが運命の始まりでした(笑)。行ってみたら主演することになり、デビューしてしまった。もしあの時、撮影に行ってなければ今ここにいないと思う。そういう意味ではいつの間にかこの世界に入ったという感じはあります。
――それから13年。辞めようと思ったことは?
水橋研二:ないですね。ただ、「続けよう」と思ったのは最近です。何年やっても分からないことがいっぱいで、この世界についてもっと知りたいと思うようになった。20代の半ばぐらいまでは続けていけるのか不安だったし、今でもそれはあるけれど、頑張ろうという気持ちの方が強いですね。
――主演作への思い入れは?
水橋研二:唐突だったデビュー作は、“主演することの意味”も分からないまま、撮影が始まって、気がついたら終わってた。ただ、僕はいつも作品に関わった中の1人、という感覚しかない。だから、主演であってもなくても、役にかける思いは変わらない気がします。
私生活に創作の糧を求め過ぎたがゆえに…
漫画家・安部愼一の壮絶な愛の物語
70年代。漫画家の安部愼一(水橋研二)と恋人の美代子(町田マリー)は、東京の阿佐ヶ谷で同棲生活を送っていた。彼女をモデルとして月刊漫画誌「ガロ」に発表した「美代子阿佐ヶ谷気分」は、当時の若者たちの青春を見事なまでに描写し、安部の代表作となる。しかし、私生活の中に創作の糧を見つけようとする安部は次第に行き詰まり、焦りと絶望で狂気をはらんでいく。その一方で、安部からの激しく危険な愛情に淡々と応え続ける美代子は、自らの性に目覚め始める――。
美代子阿佐ヶ谷気分
2009年7月4日シアター・イメージフォーラムにてロードショー
上映時間:1時間26分
監督:坪田義史
脚本:福田真作/坪田義史
出演:水橋研二、町田マリー、本多章一、松浦祐也、あんじ、三上 寛、林 静一、佐野史郎 その他
製作・配給:ワイズ出版
配給協力・宣伝:アルゴ・ピクチャーズ
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――創作に自らの私生活を投影させる漫画家、安部愼一を演じていかがでしたか?
水橋研二:原作と台本を読んで、僕には想像がつかない世界だと思いました。1日3回ご飯を食べて、夜寝て、朝起きるという普通の生活を送っているだけでは演じ切るのは無理だと。どんな役でも他人を演じる以上は結構な準備が必要ですが、この役はそれまでのやり方では絶対できないと考えました。
――どんな役づくりを?
水橋研二:撮影中は、ほとんど食べず、なるべく寝ないようにしていました。そうすることで自然と目つきが変わる。セリフも頭で考えるのではなく自然に出るよう台本を何度も読んだり、日常を遮断するためにヘッドホンで音楽を最大音量にして聞いて頭をガンガンさせたり……。普段あまりしたことがなかったことばかりやっていました。
――過激なベッドシーンにはどんな気持ちで挑みましたか?
水橋研二:この作品に関しては、作るとか、演じるとかっていう思いはなく、とにかく必死で、いつの間にか無駄な感情を極力排除するようになっていた。ちょうど陸上のジャンパーが目の前の高いバーをどう飛び越えるかしか考えてない、みたいな状態。だから、美代子の全裸を見ても何も思わなかったし緊張もしませんでした。
――そんな最新作は(上映時間の)1時間26分に見どころがたっぷり詰まっていました。
水橋研二:監督がとても喜ぶと思います。撮影中は監督が1番、安部(愼一)さんっぽかった(笑)。そんな監督の情熱はものすごく伝わってきて、スタッフもキャストもみんな刺激を受けていました。そうやってできた作品だから、感じ方は人それぞれだけど、観終わった時その人の中に“何か”が残るはずだと思う。
――安部愼一と美代子の恋愛をどう思いますか?
水橋研二:考えられないほど壮絶な、こんな愛の形があっていいものなのか、と、悩んでしまうような関係ですよね。撮影中は美代子役の町田マリーさんに随分助けられました。マリーさんは私なんでも受け止めます、みたいな懐の広さがある女性です。
――水橋さん自身のお好みの女性は?
水橋研二:好みというのはないかな、ノーメイクでも全然OKです(笑)。女性はみんな尊敬できる部分を持ってらっしゃるので、そういうところを見つけたいなと思いますよね。あとは何かに真剣に取り組む女性には魅力を感じます。それが仕事でも家事でも、何に対しても。
撮影:笹野忠和