長い沈黙を破って、あのホイットニー・ヒューストンが再び歩みを始めようとしている。自他とも認める世界の歌姫の復活への道のり――そこから見えてきたのは、ホイットニー自身の強い意志、そして多くの人々の支えだった。
ロンドン、ロサンゼルス、ニューヨーク。大西洋をまたぐ3都市で行われたホイットニー・ヒューストンの「リスニング・セッション」には、セレブたちが大挙して集い、ちょっとした音楽祭に匹敵するゴージャスな空間と化していた。誰もがこの歴史的な瞬間に立ち会えることに目を輝かせ屈託のない笑顔をのぞかせている。
ザ・ウェイト・イズ・オーヴァー(待つのはおしまい)――。会場のモニターに映し出されたこの言葉は、その場にいたすべての人たちだけでなく、世界中の音楽ファンの気持ちを代弁していた。2003年にリリースしたクリスマス・アルバム、オリジナルでいえば02年以来となる「アイ・ルック・トゥ・ユー」をお披露目するのが今回の「リスニング・セッション」だ。
アルバム・ビデオ・シングル総売上枚数は1億7000万枚。、ギネスブックも認定する「最もアワード賞回数の多い女性アーティスト」で、文字通りスーパースターの1人となったホイットニー。92年7月にR&B歌手のボビー・ブラウンと結婚し、翌年3月には長女ボビー・クリスティーナを出産。その人生は順風満帆、のはずだった。
ところが、夫のボビー・ブラウンによるドメステイック・バイオレンス(DV)や、彼女自身の薬物乱用疑惑など、数々のスキャンダルがメディアで報じられ、本業よりもプライベートにスポットライトが当てられる。彼女が第一線に戻ることはたやすくなく、音楽活動は休止状態となった。
移り気な音楽シーンでこれほど長いインターバルを置くことは、アーティストとしての“自殺行為”を意味する。ホイットニーは、これ以上ないというほどの苦境に立たされていた。そんな時代を振り返り、彼女は今回のアルバムのタイトルとなった「アイ・ルック・トゥ・ユー」を引き合いに出し、こう語っている。「メンタルな意味で、この曲はここ数年間に私が言いたかったすべてを代弁してくれた」。
さらに「良いことばかりとは言えない状況に身を置く時期だった。偉大なる力を求めて手を伸ばし、内面を見つめ直し、自分自身と向き合い、間違いを正して自分自身を超えるような深い理解に頼らなくてはならない。わたしにとって、この曲はそのすべてを再認識させてくれる」とも。
少々哲学めいて難解だが、“待ち続けてきた人々”にとって言葉は問題でなかったようだ。3都市いずれの「リスニング・セッション」も、ホイットニー・ヒューストンがステージに姿を現すと、会場はこれぞ割れんばかりの拍手に包まれた。「もし、わたしに信じる力が欠けていたら、降りかかる試練を乗り越えることはできなかったと思う。信じる力なくして、こんなに良いコンディションでいまここに立っているはずがないわ」とホイットニー。
アイ・ルック・トゥ・ユー |
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音楽活動を休止していたホイットニーを決して見捨てなかったのが彼女の育ての親であり、現在もソニー・ミュージック・エンターテイメントでチーフ・クリエイティブ・オフィサーとして活躍する音楽プロデューサー、クライヴ・デイヴィス。
彼は渦中にあったホイットニーを陰で支え続けたひとりであり、ボビーとの離婚を決意し、人生やステージでの再出発を期す彼女が、まず最初に会いにいった人物。クライヴなくしてホイットニー・ヒューストンの世界的成功はなく、ホイットニーとの出会いなくして現在のクライヴもないと言われるほど、ふたりのつながりは強く、運命的なものだった。
「アイ・ルック・トゥ・ユー」は、かつてマイケル・ジャクソンに名曲「ユー・アー・ノット・アローン」を提供したR.ケリーがソングライトを担当し、リアーナやビヨンセなどを手掛けるヒットメイカーのクリストファー・トリッキー・スチュワートと、映画「ドリームガールズ」の音楽で名を上げたハーヴィ・メイソン・Jr.がプロデュースを務める。
あの「オールウェイズ・ラヴ・ユー」の頃を思い起こさせるダイアン・ウォーレン作のバラード「夢をとりもどすまで」の圧倒的なソウルもまた、これからのホイットニーを代表することになるだろう。今回の自身の復活劇を力強く描写したこの曲は、人生につまずき、困難に立ち向かうすべての人々に向けたユニバーサルなメッセージ・ソングでもある。
他にも、日本でも人気急上昇中の若き才能あふれるアリシア・キーズがペンを執った「100万ドルの恋」、「ライク・アイ・ネヴァー・レフト」のようなトロピカル・タッチのナンバーや、ニーヨとの仕事で一世を風靡したプロデューサー・チーム、スターゲイトによる「コール・ユー・トゥナイト」など、「わたしとクライヴにとって、素晴らしいメロディ、歌詞こそが恋人。たくさんの曲の中から、本当に素晴らしいと思えるものを選んで、本当に才能あるプロデューサーたちと仕事ができた」と胸を張るホイットニー。思えばアリシア・キーズとの出会いを演出したのもクライヴだった。
「他のどんなアーティストよりも若さやバイタリティを伝えることができ、コンテンポラリーな感覚を持ち合わせているのがホイットニー。たとえ大人の成熟した歌詞であっても、ひとたび彼女が歌い出せばすぐさま歌詞は踊り出し、その中にホイットニー・ヒューストンを感じることができる」とクライヴ。
いまが旬と言うべき最新のR&B/ポップ・スタイルをまとったホイットニーの新譜に、これまでの長いブランクは感じられない。“ザ・ヴォイス”ことホイットニー・ヒューストンが完全復活を遂げるときが目前に迫っている。